Mr.Kabuskyの投資論

個人投資家 / 株式投資 / テクニカル分析をメインに、短期スイングでトレード / note版 「Mr. Kabuskyの投資論」(https://note.mu/mr_kabusky)とツイッター(@kabu_ism)で、投資についての個人的な考えを発信しています。

株式投資とは結局、メンタル

株式投資は、一般的に企業のファンダメンタルズを分析し、それに将来性を加味した上でテクニカル面からインとアウトの位置を決定する。そういう風に考えられている。確かに、基本的な分析能力を身に付けなければ、投資すべき銘柄かどうかの判断基準がブレてしまう。

一部には、感覚重視で好成績を収めている投資家も居るが、それを一般化して論じることはあまり生産的ではないと思う、やはり、基本的な分析能力を習得し、それを実際の場面に適用して経験値を積まなければ、安定した成績を収めることはできない。しかし、いくらファンダメンタルズ分析に時間を掛け、チャート分析に熱心に取り組んだとしても、すぐに期待した結果が訪れるとは限らない。

株価が大きく変動するのは、相場に参加する多数の投資家の注目を集めた時である。チャート分析をしてローソク足の配列から「値ごろ感だ」と思ったとしても、注目度が低ければ現状維持のままだ。私がツイッターなどで出来高に言及するのは、注目度の高さを表す指標として最も機能するからである。

資金力があれば、チャートを人為的に操作することは可能である。特に時価総額が低く、浮動株が少ない銘柄であれば尚更である。東証一部の大型株で同じ現象が起きにくいのは、時価総額の高さと浮動株の少なさに起因している。一般的にチャートが操作されやすいのは新興市場の銘柄であるが、それが人為的に操作されているのか否かを判別するのはそう難しいことではない。

一般に、チャートが人為的に操作されている場合は出来高に大きな変動が見られない。出来高は売買が行われた総量を表すが、それはつまり相場のエネルギーを意味する。卸売市場の競りのように、数少ない現物を巡って熾烈な争いが繰り広げられる時に、株価は大きく変動するのである。だから、出来高を見ることで注目度の高い銘柄かどうかが判断できるのである。

これはほんの一例であるが、株式投資とは理屈だけでどうにかなるものではない。実際に相場に参加しなければ分からないことの方が多い。群集心理が働きやすいので、それを体感しなければ得られない相場観が存在する。その中で試されるのが己のメンタルなのである。

 株式投資では己のメンタルを試される局面が多い。特に、比較的短い時間軸で取引する場合は、究極はメンタルとの闘いになる。自分の判断が本当に正しいのか結果を見ないと分からない。投入した資金額が大きいと、失敗した時のことを想像するだけで恐ろしくなる。

不安が増幅すると、他人の意見に頼りたくなる。自分の都合の良い情報だけを信じ、それ以外の情報は遮断したくなる。不安定な状態に置かれるとメンタルが安定しないからだ。結局は、自分を信じるしかないが、それ以上に重要なのはメンタルをコントロールする術を身に付けることである。

人間が不安に陥るのは、それが得体の知れないものだからである。得体が知れないので、対処法が分からないのだ。投資において、良く分からないものに判断を下すことほどリスクの高い行為はない。そのリスクを最小化するように努力すれば、メンタルはコントロールできる。

自然現象を意のままに支配できないように、相場も自分の意志でコントロールすることはできない。コントロールできるのは、己のメンタルだけである。その為には、自分の理解できる範囲で行動することである。言われてみれば当たり前のことだが、相場に臨むと雑音が多く、なかなか実践できない。それでもやはり、メンタルに向き合わないと安定した成績は残せないのである。結局、株式投資とはメンタルの問題に帰着するのである。