Mr.Kabuskyの投資論

個人投資家 / 株式投資 / テクニカル分析をメインに、短期スイングでトレード / note版 「Mr. Kabuskyの投資論」(https://note.mu/mr_kabusky)とツイッター(@kabu_ism)で、投資についての個人的な考えを発信しています。

「他人煽り」と「軽薄な人生論」を展開するアカウントは断捨離

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今回は株系の話からは脱線する。相場が不安定な状態の時は流れに注視して、安易なポジション取りをしないのが私のポリシーである。今は小休止の時間。

それはそうと、フォロー数の断捨離をした。別に個別のアカウントに個人的な恨みはない。ただ単に浅薄で無価値な内容のツイートをするアカウントに嫌気が差したのである。

ネット上にはいわゆる「ネット弁慶」なる者が多く存在する。彼らは挑発的かつ挑戦的な物言いで時に物議を醸すような発言をする。不特定多数の人間に糞尿をまき散らすようなツイートをするアカウントも存在するが、それらは侮蔑的な意味合いで「別格」な存在である。

こういう輩は往々にして聞くに堪えない酷い物言いで差別的な言動を取るが、鼻から相手にしてはいけない。「存在を認めない」ことが一番の対処法である。ブロックではなく、ミュートにして視界から完全に除去するのである。

ブロックは相手のことを意識しているという「黙示の意思表示」に当たるので、ミュートにして「認知しないもの」として扱うのが適切であろう。彼らは「匿名」という強力な防護壁を盾にして日常のうっ憤を晴らしている。仮想空間での振舞いは「匿名」という衣に覆われているので安心して毒を吐ける。

悪趣味極まりないのだが、それを日常的に行うことで自分のアイデンティティが保たれるらしい。ただ、「匿名」とは言っても名誉棄損に当たりうるような事例であれば、後で手痛いお灸をすえられるだろう。当然の報いである。

私も過去に一度、非常に不愉快な思いをしたことがあったが、相手が当該ツイートをすぐに削除したのでスクショを撮ることができなかった。そういう輩には迷いなく法的手段を行使する予定なのだが、好機を逃してしまったことが非常に悔やまれる。

最近では、株クラ界隈だけでなく他の界隈でも「特定のアカウントVSアンチ」の言い争いが見られる。株クラに関しては何年も前から日常的に目にする光景なので、今さら感は否めない。ただ、他の界隈でも同様の現象が見られるのはなかなか興味深い。

特に「ブロガー」界隈では色々な対立軸で舌戦が繰り広げられている。典型的なのが、「サラリーマンVSフリーランス」。専業投資家は完全にフリーランスだが、サラリーマンもフリーランスも一長一短があり、この二項対立的な議論自体が不毛で結論は永久に出ないだろう。要は、個人の生き方の問題で赤の他人がどうこう言う問題ではないというのが持論である。

私自身はブログを始めて様々な「ブロガー」をフォローしていたが、最近では完全に食傷気味になってほぼ全員のフォローを外した。端的に言って「響くもの」がなかったのである。もちろん、共感する部分や参考にすべき考え方も多少はあった。ただ、発言内容に対して総じて軽薄な印象を拭えることができず、心底辟易するようになった。

彼らは専業投資家と同様に非常に不安定な身分である。専業投資家もブロガーも社会的身分で言えば「無職」という点では共通する。もちろん、金銭的対価を得ている点で厳密には無職ではないが、今の日本社会では完全なる市民権を得るまでには至っていない。

だからこそ、「月収」や「月間PV」などという数字的な実績を掲げて訴求力を高めようとする。これは投資家の世界にも言えることだが、「月利」や「運用益」を殊更に強調する背景には承認欲求が確実に存在する。能力値を示すには「数字」は名刺代わりになる。フリーランスは組織に属していない分、第三者から見ると「得体の知れない存在」に映る。数字に頼りたくなる気持ちは心情的には理解できよう。

ただ、ブロガーでよく見かける肩書に「元〇〇ブロガー」というものがあるが、あれは正直要らない。無駄なプライドである。「安定した職業を辞めてブロガーという道を選んだけど、今は自分らしい自由な生き方ができるようになりました」的なアピールをしつつも、過去の肩書に依存するスタイルに私は共感しない。

リーマン的生き方をディスりつつも、自分は過去の肩書で訴求力を高める。個人の自由と言ってしまえばそれまでだが、「半端者」という印象がどうしても拭えないでいる。過去の経歴が一切見えないブロガーの方が私は興味を持つが、そういった人間はまだ目にしたことはない。

ちなみに、投資家の世界では「肩書」は一切通用しないと思っている。もちろん、心理的なフックにはなるだろう。ただ、実際の成績と発言内容に重きが置かれているのは間違いない。いくら講釈を垂れても、分析力に欠陥があると誰も信用しないのである。

それと、本当に優秀な個人投資家は「猜疑心」を常に持っている。他人の発言を鵜呑みにせず、必ずソースを確認する。慎重に分析し、時に大胆に行動する。ワイルドライフ的な生き方をしなければ相場では生き残れない。

そういった環境に身を置く人間から見ると、ブロガー界隈での「自己啓発系」のツイートはあまりピンと来ないのである。草食動物の中で喧嘩最強でもあまり意味がない。まぁ、ブロガー全てを十把一絡げに非難するつもりはないが、人生における示唆を与えてくれるような深い考えの持ち主の到来を期待している。「フォロワー数の増やし方」とか「俄かインフルエンサーの底浅い人生論」はもうコリゴリである。