Mr.Kabuskyの投資論

個人投資家 / 株式投資 / テクニカル分析をメインに、短期スイングでトレード / note版 「Mr. Kabuskyの投資論」(https://note.mu/mr_kabusky)とツイッター(@kabu_ism)で、投資についての個人的な考えを発信しています。

お祈りモードは時間の無駄

現在、好業績の銘柄か否かに関係なく全体的に売り込まれている。やはり、地合いには勝てない。相場全体が上昇局面にある場合はあまり気にする必要はない。個人的には、今の局面で積極的に買い煽っている人間が居たら、極めて怪しい相場観を持っていると言って良いと思っている。

様々な指標を取り出してセリクラが近いことを唱える者もいるが、積極的に買い向かうのはセリクラが確認されてからでも遅くはないだろう。「尻尾」は後で「尻尾」だと分かるのである。

テリロジーについてネガティブなツイートをしたらフォロワーが減った話をした。フォロワーが減ること自体にはあまり興味はない。ただ、人は自分の都合の良い情報だけを盲目的に信じやすい生き物なのだなと、再認識した。

テリロジーとセットで語られるMTジェネックスはともにチャートは崩壊している。いくら需給が云々だとか、信用買い残がどうとか言ってもあまり意味はない。目の前の現象を素直に受け入れるべきだと思っている。

もっとも、両銘柄を「煽っていた」人間に対しては特に何の感情も抱かない。こういった寸劇は過去何度も繰り返されている。今に始まったことではない。大事なのは、受け手側がどう振る舞うかである。

相場の世界に性善説は通用しない。過去の発言内容に信ぴょう性があっても、それが未来の発言内容の正確性を担保してくれる訳ではない。「悪人は善人の仮面を被って近付いてくる」という事実は知っていて損することはないだろう。

個別銘柄について言えば、チャートが全てだと思っている。上昇トレンドを描いていたチャートが一旦崩壊すると再建は非常に難しい。チャートが崩壊した時点で別銘柄になったと考えても良い。連続性があると思ってしまうと判断を見誤る。上昇はゆっくり、下降は急激に、というのがチャート形成の一般的な特徴である。

チャートが崩壊しているのに、反転を願ってひたすらお祈りするのは時間の無駄だ。退場する人間の多くはリスク管理にあまり注意を払わない。「プロスペクト理論」というものがある。これは端的に言うと、人は状況によっては不合理な行動を取ることがある、という内容だ。

人は損失を極度に嫌がる。損失を回避する為に高リスクなものに手を出しやすい。株取引においても同様である。損失が重なると乾坤一擲の勝負に出やすい。普段は手を出さない高リスクの銘柄をトレードしたりする。

大きな含み損を抱えた銘柄を損切りできないのも同じ心理である。ある一定レベルの含み損には耐えられても、それ以上のラインを超えると損失に慣れてしまう。「どうでも良い」という感情になる。お祈りモードはその一歩手前だと言って良い。

崩壊したチャートは嘘をつかない。仮に戻すことがあっても、そういった博打的な勝負を続けている限り、今後の成長は望めないだろう。他人の意見はあくまで参考程度に。これは事あるごとに言っていることだが、株取引においては特に強調したい。