Mr.Kabuskyの雑論

個人投資家 / 株式投資 / テクニカル分析をメインに、短期スイングでトレード / note版 「短期スイング概論」(https://note.mu/mr_kabusky/n/nd297d59032e2)でメイン手法についての個人的な考えを発信。

私がTKGを応援する理由

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与太話を書くとしよう。私は最初の大学入学後、東京個別指導学院(以下、TKG)でバイトを始めた。現在はベネッセの傘下に入っているが、当時は一企業に過ぎず、職場環境も比較的まったりとしていた。ベネッセの傘下に入ってから、セキュリティ面で色々と厳しくなったが、教室内で徹夜することも当時は可能だった。

当時、私の教室では講師は50人程度居た。なかなかの大所帯である。そして、講師を取りまとめるリーダー的存在である「主任」は、その50人の中から選ばれる。通常はベテラン講師がその役職に就くことになっている。

ただ、私は入って半年後にその職に抜擢された。と言っても、私一人ではなく、合計で4人の講師が主任に選ばれた。当時、この塾では教室運営の半分は主任が担っていた。生徒全体の時間割管理や講師への電話連絡、シフト表をエクセルで管理するなど、色々な雑務を行っていた。雑務能力はこの経験で身に付いたと言っても過言ではない。いや、過言か。

周りは同じ大学生が多く、随分と沢山の仲間ができた。もう十数年前になるが、今でも定期的に会う仲間は多い。教室が町田にあったので、講師には青学生が多かった。当時は文系学部の学生は1、2年は淵野辺にある相模原キャンパスに通っていた。地理的にも町田は近いので、必然的に講師に青学生が多かったのであろう。

あとは、早稲田や玉川大学、桜美林も比較的多かったように思う。私が通っていた慶應は比較的少人数であった。私含めても4人程度だったと思う。その内の2人は私の教え子であったが、教え子が講師としてカムバックする光景は嬉しい出来事であった。

TKGは教え子が講師に昇格するケースが多い。それは、講師同士の雰囲気が良く、それが生徒側にも伝わっていたのだろう。仲間内での飲み会はしょっちゅう開かれ、特に私の与太話が延々と繰り広げられていた。若い時に安酒を囲って無邪気に戯れる経験は貴重である。当時は週7日のペースで飲んでいたので、完全にアルコールまみれの堕落した不肖人間であったように思う。

TKGで働いて一番良かったのは、教室長が講師に対して理解のある方であったことである。私が在籍中に合計で4人の教室長が交代したが、私が主任時に一緒に働いた教室長が一番やりやすかった。私を主任に指名してくれた方で、自分で考えてやりたいと思ったことを提案した際には一切反対することなく、好き勝手にやらせてもらった。他にも色々と信頼してくれたり、責任ある仕事を任された経験は、その後の私の人生にプラスに働いたことは間違いない。

ちなみに、今その方はTKGで役員をされている。当時から仕事のできる印象があったが、「やはり」という感じである。この方には私が進路に迷った時に相談をした。色々と私の話を聞いた後に「君は経営者タイプだね」と言われたことを思い出す。確かに、その後の選択にこの言葉が多少影響していると言っても良いかもしれない。

TKGには何やかやで5年も在籍してしまった。辞める時には完全な古株となっていたし、教務面で注意されるような存在でもなかった。次のステージに向かうべく、バシッと辞めて私は羽ばたいた。現在まで決して平坦な道ではなく、むしろ荒れたオフロードをママチャリで爆走する毎日であったが、それでも何とか生きてこれたのもTKGでの経験があったからだと思っている。

今は更なるステージに向けて色々と準備している最中であるが、これが片付いたらまた昔の仲間に会って、人生にとって1ミクロンも役に立たない説法をしたいなと思っている。

 

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